根競べ…
この稼業に成り立ての時分は、今省みるとずいぶんと生意気だったのだなと思う。 そのときは、調律師は背広着て、ビシッと決めていて当然、見なりについても会社側からも、厳しく聞かされていた。しかし私はと云うと何時も白いツナギ姿だ。調律に行くと、車の修理に来たんですか?と、しょっ中聞かれてた。
これもそんな、時代の話だ。
今日は、ピアノを買ったお客様の目出度い納入調律の日だ…空は日本晴れ。そんな中、何時ものツナギ姿で会社の軽自動車で、お客様の家の前まで約束の時間に着くと、家長の御主人を筆頭に、奥方様、お爺ちゃま、お婆ちゃま総勢4名門の両側に二人ずつ頭を下げて立っている。…まいったなこりゃ…
意を決して「おはようございます。○○堂楽器です。ピアノの納入調律に伺いました。」…その時小生に向けた、お婆ちゃまのトンがった視線を私は今でも忘れない。こりゃ何か、一波乱あるなと…
で、御主人以下その場は散って、件のお婆ちゃまに、ピアノの置いてある部屋に通される事になるんだけど…途中、「貴方本当に大丈夫なんでしょうね?」…明らかに人を第一印象で決め付けるタイプと見た。咄嗟に「一応入社試験通ってますので、たぶん」…これが不味かったらしい。言わなきゃよかったけどもうしょうがない。…あちゃ~。
で、納入調律始めようと思うけど、お婆ちゃまが、何やらここに留まりそうな雰囲気だ。若い小生を疑っているのだ。あぁ~参ったなこりゃ…
で、「チィ~ン…A=442Hzの音叉の音」…心の中で、「 はやくいななくなってほしいな…」と願うが相手がそうは行かない。調律を始めて20分が経過…ちらっと横を見ると、お婆さん腕組みをして、こちらを上目使いして、仁王立ち。小生をちゃんと調律するか監督しているそぶりだ…やりにくいったらありゃしない。
ああ…そーゆー了見かい。…解ったよ……そっちがその気なら、こっちだって、覚悟を決めて。
ようし…こうなったからには、お婆ちゃまと根競べだ。別に何かをしようとしている訳ではない、これから、ただひたすらに、数時間、わざと時間を掛けて、納入調律をするつもりなのである。
(…心の中では。よし見てろよ、人を見なりだけで判断しては、いけないのだと、ゆうことを、思い知らせてやる。こうゆう、タイプの人は、黙って同じ場所でじぃっとしていられないタイプの人が多いんだ…)
当然、調律をしている部屋の雰囲気は、一瞬でも悟られると根競べの勝敗の決まる消耗戦が続いている…もう2時間が経過している。で、小生も根性無いから、そろそろ精神神経の限界で、お婆ちゃまを、チラ見した。 その時、目と目があってお婆ちゃま
「調律って、たいへんな、お仕事なんですね。」と仰るや否や畳にへたり込んだ。
ただ、それだけの若い時分は生意気だったとゆう話でした。
