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ヤマハ工場から路上靴磨きへ転職

 

87歳になってなお新橋駅前で靴磨きの仕事をされているという女性がおられるそうです。

 

浜松出身だとピアノ関係に進む人が多いことでしょう。

この方もヤマハに入社し工場でピアノ製作をしていたが、浜松でじっとしているのがイヤになり東京に行ってみたいと家出。

 

それから苦労の連続が始まったのです。

 

東京駅に着いた途端、全財産を盗まれ、3日間水だけ。偶然出会ったおでん屋のおやじに声かけられ、やがて子どもが出来たが、後からその男性には妻子がいたことを知り内縁関係のまま男性は子どもが1歳の時死んでしまう。

次に行商に携わり野菜などを背負って売り歩く。そんな折靴職人と出会い結婚。子どもが生まれたが夫は酒乱だった。妻子に暴力。離婚切り出すと夫は家を出て行った。

 

清掃の仕事をしていたある日、からまれたホームレスから助けてくれた男性と恋愛関係になる。やっと籍が入り3人の子供も生まれた。ところが夫は身体を壊し仕事に就けない。100㎏もの果物を積んだリヤカーを引き銀座や新橋で売り歩いて10年関生計を立てた。

 

40歳を過ぎリヤカー引きの重労働がきつくなり、知り合いの勧めで靴磨きに転身した。47年関続いている。靴磨きではなんと靴墨を指で塗るという。すると靴の皮に墨がよく沁み込むという。だから手は真っ黒。

 

目の前の人がいい仕事をしてくれるよう、心は込めて磨くそう。靴がきれいな人は仕事ができ、成功して幸せになれば自分もうれしいのだそうです。

 

勘当状態で実家に行くこともなく、男運にも恵まれなかったようですが、自分自身で決めたからなのか淡々と運命を受け入れて、靴磨きに職人の誇りまで感じます。

ヤマハでずっと働いていたら生活は安定したまま静かに歳を重ねていたかもしれないけれど、幸せかどうかはその人次第です。